先週、母が他界しました。八十八歳でした。
今は、さまざまな悲しみが体の中を巡り続けています。
絵を描いていても、色彩がわからなくなり、思いもよらない色を置いてしまうことがあります。
母は尊厳死カードを持ち、「自宅で最期を迎えたい」という強い願いを持っていました。
往診のお医者さんや看護師さんに支えられながら、実家で静かに床についていました。
その日、私は仕事を休み、実家にいました。
姉は、母が何かあったときすぐにわかるよう、ベッドの柵に小さな鈴を結び付けていました。
突然、その鈴が鳴りました。
「お母さん、大丈夫?」
そう言って母のもとへ行くと、母は静かに眠っています。
何かの拍子に鳴ったのだろうと思い、試しに鈴を振ってみました。
コロコロ……
低く柔らかな音でした。
先ほど聞こえた鈴の音とは、どこか違うような気がしました。
私はそのまま台所へ戻りました。
しばらくすると、不思議なことに、家の中が急に慌ただしくなったような気配を感じました。
けれど、その時家には私しかいません。
「気のせいかな。」
そう思っていると、今度は
チリン……
チリン……
と、澄んだ高い鈴の音が聞こえてきました。
もう一度母の部屋へ向かいました。
母は変わらず眠っています。
ベッドの鈴は揺れていません。
それなのに、高く澄んだ鈴の音だけが、どこからともなく聞こえてくるのです。
お隣の風鈴だろうか。
玄関の鈴だろうか。
そう思い、母の無事を確かめて、また台所へ戻りました。
ところが、しばらくすると、その鈴の音は途切れることなく鳴り始めました。
チリン……
チリン……
不思議なほど澄み切った音でした。
胸騒ぎがして、急いで母のもとへ向かいました。
母は、眠るように静かに息を引き取っていました。
それからは、不思議な鈴の音は、ぱったりと聞こえなくなりました。
後になって確認すると、お隣には風鈴も玄関の鈴もありませんでした。
姉が結び付けた鈴を何度振ってみても、あの澄んだ高い音は鳴りません。
あれは何だったのでしょう。
今でもわかりません。
けれど私は、あの鈴の音は、母が天へ旅立つことを知らせてくれた音だったのではないかと、静かに信じています。
母は苦しむことなく旅立ちました。
薬も断り、やがて食事も水も自然に受け付けなくなり、眠るように最期を迎えました。
床についてから、一か月も経たない別れでした。
母は、最後にベットの中で
「救急車は呼ばないで。蘇生もされたくない。」
そう話していました。
だから私たちは、その意思を尊重しました。
駆けつけてくださった看護師さんと、その後いらした往診のお医者さんが、静かに最期を見届けてくださいました。
先生は、
「立派な意思を貫かれましたね。」
と声をかけてくださいました。
そして私は、その母を最後まで支え続けた姉にも、深く感謝しています。
今も深い悲しみの中にあります。
それでも母は、自分の望んだ場所から、まっすぐ父の待つ天国へ向かったような気がしています。
その夜、うつらうつらしていると、見たこともないほど深い色彩の花畑が見えました。
光を宿したような赤い花。
夢のように咲き誇る色とりどりの花々。
「私はこんな美しいところにいるのよ。」
母が、そう教えてくれたような気がしました。
母との人生は、決して一言では語れません。
苦しかったことも、悲しかったことも、たくさんありました。
それでも最後の一か月、母は最後まで自分の意思を貫き、家族に負担をかけまいと生き抜きました。
それが、母の愛だったのだと思います。
お母さん。
本当に最後まで、お母さんらしかったね。