※この記事は、治療を続けながら安定して暮らしている私が、「創作のひらめき」を自分の言葉で説明するために書いています。よかったら安心して読んでくださいね。
私は統合失調症です。いまは寛解していて、服薬と通院を続けています。
でも、ブログで不思議な話やインスピレーションのことを書くと、「症状では?」と心配されるかもしれないと感じます。そこで、私が体験として区別している違いを、言葉にしてみます。
統合失調症の症状には、幻聴・幻覚(幻視)・妄想があります。
症状があった頃の体験は、私にとってとても厳しいものでした。
私の幻聴は「音」として外から聞こえ、頭の真ん中にへばりつくように感じました。こちらの都合と関係なく割り込み、怖さや疲れが残る体験でした。
一方で、私が「天使の言葉」と呼びたくなるものは、症状ではありません。
ここでいう「天使の言葉」は、創作のひらめきとして心に届くものを指しています。
それは、心の中にあたたかく届くひらめきです。言葉のこともあれば、絵のイメージや色、あたたかな感情として現れることもあります。
たまに受け取るメッセージも、命令のように押しつけてくるのではなく、「こちらだよ」と静かに示される感じで、受け取るかどうかは私が選べます。
それは外から耳に聞こえる言葉ではなく、インスピレーションのように、心の内から立ち上がってくる感覚に近いです。
私にたまに訪れる、額の裏側に見えるイメージも、幻覚とは違う感覚です。
幻覚が「本当に目の前に見える」感じだとしたら、イメージは「内側にひらく」感覚に近いです。
魂の中に残っていると感じている記憶も、あの頃の妄想とは全然違います。記憶は、おだやかな魂のなつかしい、やさしい呼び声のようです。
だから私は、症状の体験と創作のひらめきは、体感としてまったく別のものだと思います。
症状は私を縛りました。インスピレーションは私をひらきます。
現在は症状は認められない状態で安定しています。
良い先生とも出会え、よくお話していますので、どうかご心配なさらないでくださいね。
インスピレーションや夢や不思議なお話の「小さな喜び」は、私にとってとても個人的なものです。だから、それをブログやホームページに書くのは、どうかなと思ったりします。誤解されたり、やさしい読者さんに心配かけたり、そんなこと嫌なのです。
でも、心に浮かぶメッセージは、私にとっては目に見えない世界や天使からの愛のように感じられることがあります。
私が普段気がつかないような心の中の深い傷を、時には明らかにして癒してくれたり、描いた絵を愛情で包んでくれたり。
そんな愛情深いメッセージに、自己愛よりも深いと驚くことがあります。
それをときどきブログに書いてしまうのは、その不思議さや深さを、うまく言えなくてもつい残しておきたくなるからです。
だれかに「すごいでしょう」と言いたいのではありません。少しでも、あたたかい火を手渡したいのです。
そしてもしよければ、「人は、見えないところでも、深く愛されているのかもしれない」という感覚を、そっと分かち合えたらと思っています。
症状と違うところで、私は、天使はいつもそばにいる――そんなふうに思っています。
あなたのとなりにも、天使はいるのだと思います。
小さな光は、気づかれないままでも、ちゃんと灯っていることがあります。
あなたの毎日に、静かな導きと、小さな光が灯りますように。
そんなことを願いながら、今日も天使の絵を描いています。
関連作品(天使の絵ではありませんが・・) 薬とわたし