自己愛は、自己中心的なものではなく、美しいものです。
誰の心の中にも、静かに輝く「自己愛の宝石」があるのだと思います。
私は長いあいだ、自己愛を育てるのが難しく感じてきました。
そんなあるとき、心の奥でこんな言葉がふっと浮かびました。
「あなたの人生の命題は、自己愛を深めることだ。」
それは情愛深く、どこか懐かしいエネルギーで――私には、天使の気配のように感じられました。
こんな夢を見ました。
目の前に、私と同じくらいか、それよりも大きな黒い宝石があらわれたのです。
荒削りの表面なのに、黒くきらきらと輝いていて、とても美しい。
それが「自己愛」だと、直感でわかりました。
そして、その宝石が私にもたらされようとしていることも感じました。
けれど私は、そのとき受け取れませんでした。
「こんな立派な宝石は、自分には似合わない」――そう思ってしまったからです。
この夢を二度見ましたが、そのたびに受け取れませんでした。
不思議な「記憶」のようなものもあります。
広い宇宙空間で、私は自分の魂の「自己愛」の部分を見ていました。
それは黒く輝く、小さな小さな宝石でした。
とても小さいけれど、私は思いました。
「それでも、これがあってよかった」と。
そして、その宝石をじっと見つめている自分がいました。
すると、別の魂があらわれました。
その魂の自己愛は、漆黒に輝き、宇宙の中にそびえ立つ氷山のようでした。
思わず息を呑むほどの巨大さでした。
不思議なことに、私はその魂の中に、とても深い愛情を感じました。
その魂は、自己愛と同じくらい、ほかの魂のことも愛せるのだ――そんなふうに思えたのです。
私は尋ねました。
「どうしたら、そんな自己愛を育てられるの?」
大きな自己愛を持つその魂は、私の小さな宝石を見つめながら、
「なんてかわいらしいんだろう」というふうに微笑んで、こう言いました。
「あなたはこれから、自分を深く愛し、大きな自己愛を育てていくだろう。
大丈夫。思うようにいかないこともあるけれど、そのかわりに、あなたは大きな自己愛を手にする。一歩ずつ、一歩ずつだよ。」
大きな自己愛の魂から、ほかにも何か教わった気がするのですが、細部は思い出せません。
ただひとつ確かなのは、その魂が「こうしなさい」と言うのではなく、
ただただ私の魂を愛してくれたことです。まるで大きな自己愛そのもののように。
私は「こんなに愛されてもいい」と、自然に思えるようになりました。
私が覚えているのは、その大きな愛だけなのです。
私とその魂は、しばらく寄り添うようにして宇宙空間にいました。
その深い愛情が、あっという間に二人を包みこんでいきました。
時間が来て、別れなければならなくなったとき。
私は、その魂と離れたくない、と強く思いました。
別れる瞬間の記憶はありません。
きっと、あまりにも悲しくて、覚えていないのでしょう。
自分を愛することは、旅に出るみたいな冒険です。
自分が何を感じているのか。
魂からの望みは何か。
自分とは何者なのか。
そんなことを考え続けているうちに、
いつのまにか、深くて豊かな世界へ招かれていたように思います。
私にとって絵を描くことは、自己愛を育てることと似ています。
自分の感覚を信じて、自分の好きなことを思いきりやる。
それは、いちばんまっすぐな自己愛のかたちです。
まずは自分を責める言葉を少し減らして、
自分に向けるまなざしを、やわらかくしていきたい。
このブログも、その練習のひとつとして、自己愛深く書かせてください。
もし私が、もっと自分を愛することを許せたら。
もしそんな小さな努力を続けていけたら。
夢で見たあの黒い宝石を、
こんどこそ、喜んで受け取れる日が来るかもしれません。
もしこの文章が、あなたの中の宝石に少しでも触れたのなら、
ふとした瞬間にでも、
「自分にも宝石がある」と思える時間が増えたらうれしいです。
だから今日も、一歩ずつ。
私も、あなたも。
あなたの自己愛の宝石が、あなたの歩幅で、静かに輝きを増していきますように。