夢の情景
不思議な夢を見ました。
空の上に、神様がお顔をのぞかせて、下の世界を静かに見下ろしておられます。
こちら側には、少女のように美しい女神さま。
向こう側には、その女神さまに寄り添う男の人。
女神さまは、豊かな黒髪を肩のあたりで切りそろえ、着物の前をきちんと合わせておられました。
その姿からは、なんとも言えない「大切にされている気配」が、ふんわりと伝わってきます。
男の人は、その女神さまを深く愛していて、しっかりとそばに寄り添い、お守りしている——。
そんなことまで、夢の中なのに、はっきりと分かりました。
そんな素晴らしい神様たちを見たのに、私はその瞬間、女神さまに嫉妬してしまったのです。
なんということでしょう。
その美しさに。
はっきりと分かる、お心の豊かさと深さに。
そして大切にされている、そのお姿に。
私は嫉妬してしまいました。
感情は、その世界では隠すことのできるものではありませんでした。
私の嫉妬心は、においのように、一気にその場に広がっていきました。
私はあわてて後を追うように謝りました。
夢の中で叫びました。
「ごめんなさい!」
白と金の紐
気がつくと、神様たちは身を隠すように、見えなくなっていました。
自分の感情に目を開けていられないような気持ちで謝り続けていると、目の前に、白い糸と金色の糸をよった、輝く一本の紐が現れました。
私は、その紐をどうしていいかわからないままに受け取りました。
そのとき、私はなぜか女神さまのことが分かりました。
遠い昔にも、この女神さまは、そのお姿を見た人間に嫉妬され続けてきたこと。
その傷があまりにも重なって、ついにはお姿を隠してしまわれたこと。
そして今、再びそのお姿を現そうとしながら、人間界がどう変わっているのかを、そっと試しておられること。
女神さまは、嫉妬されることで、深く深く傷ついておられるのだということ。
私は、人間社会の影のようなものを、神様たちに見せてしまったのではないか。
そう思って、目が覚めてからも謝りながら、光る紐の意味を考え続けました。
それはきっと、
その紐をしっかり結ぶように、
心を整えなさい。
心の中を掃除しなさい。
——そう言われているのだとしか思えませんでした。
嫉妬の痛みと、嫉妬のむごさ
今の世の中では、嫉妬する人に同情してかわいそうに思う風潮があります。
でも嫉妬を受ける側の痛みというのは、あまり考えられてはいないように思います。
嫉妬してしまった私に「かわいそう」と寄り添われるより、「それは悪いことだよ」と言ってもらえたら、どんなに心がしっかりするでしょう。
嫉妬を向けられることの傷というのは、
「自分の存在が否定された」と感じる痛みです。
陰口やその行為は陰湿で、心をえぐるものです。
さらに、人の暗い部分を一身に浴びる絶望です。
平気なふりをしても、心はすり減っていきます。
ただ不快だ、という軽いものではありません。
夢の中で私は、嫉妬する側になりました。
それは、自分がまるでないような苦しみでした。
自分という核が、空洞になったように感じました。
何も考えていない、そんな浅はかさも感じました。
それでも私は、嫉妬を受ける痛みのほうが、強く深く長く心をえぐる——そう感じています。
だから嫉妬は、むごいのです。
けれど私は、嫉妬してしまう人を——私自身も含めて——断罪したいのではありません。
ただ、嫉妬という刃を向けられて黙って傷ついている人の心を、置き去りにしたくないのです。
嫉妬を向けられて苦しんでおられる方々へ。
「出過ぎた杭は打たれない」「出過ぎた杭になりなさい」
そんな言葉を聞くたびに、私は少しだけ立ち止まります。
それは励ましの形をしていても、本当のことではないと思うからです。
出過ぎた杭だからこそ、打たれるのです。
そんな方々を私はたくさん見てきました。
優れているのに、なお謙虚な人。おおらかな人。
だから、嫉妬を受けるあなたは何も悪くありません。
自分が受けている傷を、どうか軽く見ないでください。
心を守ってください。
過保護なくらいで、ちょうどいいのです。
思いやられ、厚く手当てされるべきなのは、嫉妬にさらされている側の心だと、私は思います。
私には、
「堕天使は、はじめに嫉妬という感情に気がついた」
という、魂の遠い記憶のようなものがあります。
それほど嫉妬は、古く、強く、そして凶悪な感情なのだと思います。
神様でさえ、嫉妬によって傷つかれるのですから。
どうか、ご自分の素晴らしさに目を向けてください。
そして、どうか負けないでください。
今、女神さまはきっと、そんなことを私たちに伝えたいのではないか——。
私の未熟さを引き受けた上で、言わせていただけるなら、私はそう感じています。
女神さまを想うと、
心をきれいにして、改めて女神さまを思い浮かべると、不思議と胸がワクワクしました。
これから、どんな時代が訪れるのだろう。
…いいえ、ちがいます。
ただ、その女神さまを想うだけで、心がワクワクするのです。
これを読んでくださっている方々は、そんなワクワクを感じられる方々だと思います。
夢の続き
ここからは、夢の「続き」のお話です。
私はその夢の中で、若い女性で、魂の伴侶を見つけ、その世界で結婚しました。
望んだ子どもは双子でしたが、二人とも死産でした。
目が覚めてから思いました。
——嫉妬は、命の次元にまで影を落とすことなのだと。
※ここで書いていることは夢の中の象徴としての気づきです。現実の出来事、とくに死産のような深い悲しみの原因を語る意図はありません。
後日談
そして、後日談があります。
目が覚めてからも罪悪感に悩む私に、女神さまから、やさしくて深い愛情とともに、こんなメッセージが伝わってきました。
「まるで自分を守る言い訳のようで、あなたには気が引けるかもしれませんが——
あなたは昔、嫉妬する人の気持ちが分かりたい、そしてその行く末が知りたいと望んだことがありました。
あなたは、嫉妬する人たちの心の鏡として、その感情を映し出し、自分のものとしてその結末を体験したのですよ。
自分を悪く思ってはいけません。」
私はまだ、すぐには信じきれませんでした。けれど——。
女神さまのあたたかな気持ちは、罪悪感でいっぱいだった私の心を深く癒してくれました。
思い出された記憶と、新しい年の予感
私が罪悪感から解放されると、こんな記憶が、深い心の遠くから立ち上がってきました。
私は昔々、その女神さまと、仲良くさせていただいていて、ご縁があったこと。
そして当時、女神さまに嫉妬する人びとを見ては、私は怒り、嫉妬とはどんな感情なのか、その結末も知りたいと願ったこと。
そして、女神さまをお守りしたい一心で、それをいつか少しでも人に伝えようと思ったこと。
別れの時、やさしい女神さまが、あの輝く白と金の紐を、私に見せてくださった。そんな記憶もよみがえってきました。そしてこう言われたのです。
「これを渡すときには、私とあなたは、よった糸のように深く結びつく、紐のように長いご縁だったと、思い出してほしい。この光る紐は、その印です。」
これからは、嫉妬を受ける人の心が守られる時代になっていく。私はそう信じています。光る紐は、私にはその兆しのように思えました。
新しい年が始まります。
今年は、あのかわいらしい、やさしい女神さまが現れる——そんな予感があります。
どんな時代が始まっていくのか、私は楽しみにしています。
そして同時に、心の中をきれいにしていくことも、静かに誓わずにはいられませんでした。
どうか、嫉妬の刃がほどけていく世界でありますように。
女神さまが、喜びのままに迎えられますように。
それから、これを読んでくださった皆さまにも、女神さまの深い愛情と、新しい時代の恩寵が豊かに降り注ぎますように。
そんな一年を迎えられますように。
お読みくださってありがとうございました。
**記事を書いた後、女神さまのあたたかい思いと共に、
「嫉妬はむごい」と書き添えてくださいね、と届きました。
文中の「むごい」は、その言葉を受けて書き直したものです。
そしてふと、「無残」という文字が頭に浮かびました。
嫉妬を受ける側の痛みは、軽く扱われていいものではありません。
**(**これは、私が見た夢と、その夢から受け取った象徴の記録です。感じ方は、どうかそれぞれのままで。)