最近、少しスランプでした。
自己肯定感の低い言葉を口にしているうちに、気づけば自分の内側の静かな場所——魂の深いところ、祈りの深呼吸の場所、そして絵の源と、うまく繋がれなくなっていました。
仕事の絵も二枚、月末までに仕上げなければなりません。
自分の絵も本当はどんどん描きたいのに、なかなか手が動かない日が続きました。
私にとって絵は、どこか中途半端な気持ちでは描けません。
心の奥と繋がって、そこから届いてくるものを受け取りたい。受け取ったものを、現実の手仕事として現実化していきたい。そんな願いがいつもあります。
絵を描かない日々が続くと、「これは自分の本心じゃないなあ」と感じて、気持ちが下向きになってしまいます。どうにも苦しくなって、
「これは休めというサインかもしれない」
「でも、本当は描きたいんだよね」
と、自分の中で行ったり来たりしていました。
本当は、自分の絵をもっとやさしく認めてあげたい。
それは、私の長年のテーマでもあります。
そんな中で今日ふと思い立って、「ナイーブアート」で検索してみました。
すると、なんと私のホームページが上のほうに出てきていて、びっくりしました。
検索の仕組みはよくわからないので、「人気があるから」とは限らないのでしょうけれど、それでも、
ちゃんとどこかで、誰かの目にとまる場所に、私の絵がいるんだなあ
と思うと、とてもありがたくて、胸がじんわりしました。
そしてその瞬間、画面の向こうから、ぬくもりがそっと届いた気がしたのです。
言葉が交わされなくても、静かに見つめてくださるその時間が、やさしいエネルギーになって、私の内側にふっと灯りをともしてくれるようで——。
そしてその灯りを、今の私はやっと受け取れたのだと思いました。
見てくださる方のぬくもりと、私が絵に込めた祈りが、そっと行き来するような感覚でした。
さっきまでまとわりついていたスランプが、すっと軽くなりました。
ご覧になってくださっているみなさま、本当にありがとうございます。
画面の向こうで静かに作品を見てくださる方がいる。
そのことを思うと、「また描こう」と、やさしく背中を押してもらったような気持ちになります。
私にとってスランプは、「ダメな自分」の証拠というより、
魂の深いところ――祈りの深呼吸の場所、そして絵の源から、確かに何かを受け取っていながら、
それを現実化できる自分の力を、ふと信じられなくなる時期なのかもしれません。
自信が足りないというより、受け取っているものはあるのに、
「それを現実化できる」と思う力だけが、いったん弱くなってしまう。
そんなふうに、心の歯車が少しだけ噛み合わなくなる感じです。
もしかしたら、現実化の歯車が、次の絵へ向かって静かに組み替えられている途中——そう思えたらいいな、と感じています。
落ち込んでいる自分も、情けなく感じる自分も、
ぜんぶひっくるめて「そういう時期もあるよね」と、少しおおらかに抱きしめてあげたいと思います。
これからも、少しずつですが絵をアップしていきますので、
よろしければ、どうぞ気長にお付き合いください。
いつも見守ってくださっているみなさまに、心から感謝しています。