むかし、シャガールの画室の写真を見たことがあります。
無数の白い豚毛の油絵筆たちが、大きなバケツにどさっと挿してあって、
それはまるで、シャガールに捧げられた白い花束の夢のようでした。
その写真が忘れられなくて、私はその筆の花束を、心の中でそっと
「約束の花束」
と呼んでいます。
いつか自分の画室にも、あんなふうに、白い筆の花束を届けたい。
キャンバスに向かうたびに、その花束が私を励ましてくれるような、そんな光景を、夢のように思い描いています。
現実の私はというと、筆の数も多くなく、管理もお世辞にも上手とは言えません。
それでも、筆にどれだけ愛情を注げるかが、良い絵を描けるかどうかにどこかでつながっているような気がしているのです。
むかし、佐々木豊先生が
「僕は筆は髪の毛とおんなじだから、シャンプーで大切に洗ってるんだよ」
とおっしゃっていたのを聞きました。
その言葉がうれしくて、私は今でも、筆を洗うときはリンスインシャンプーでやさしく洗っています。
私の手元に並んでいる筆たちを眺めていると、そこには、これまでの私の絵への希望と絶望が、細い毛先にまで染み込んでいるような気がします。
うまく描けた日も、キャンバスの前で泣きたくなった日も、筆だけは黙って私の手の中にいて、すべてを見ていてくれたのだろうと思うのです。
今回添えた写真に写っているのは、油絵の筆ではなく、ささやかな水彩の筆の束です。
けれど、私にはもう、小さな花束のように見えています。
これからはもっと筆を大切にしながら、あの画室の白い花束の夢に、少しずつ近づいていけたらと思っています。